32.喜んでもらいたいから
2021年7月31日
担当者さん『打合せの日時を8月7日(土)の9:00~事務所でよろしいでしょうか?』
2021年8月2日
私 『連絡遅くなってすみません。打合せ、上記日時でお願いします。打合せ前に夕方に対面でお会いできませんか?工程などで確認したい事などがありまして。』
担当者さん『了解しました。8月5日(木)の夕方でよろしいでしょうか?』
私 『良かった。お願いします。』
担当者さん『ありがとうございます。伺いますか?』
私 『はい。お願いします。』
対面を頼んだのは私なのに、担当者さんからお礼が返ってきた。
(ありがとうございますって、無意識に使うこともあるけど…。)
勝手に良い方向に考えてしまってる自分がいた。
2021年8月5日
約束の17:00丁度に担当者さんは現れた。
担当者さん「お久しぶりです。」
にこっと笑う担当者さんに思わず、笑顔になってしまう。
私 「はい、本当に。お久しぶりです。」
前回会ったのは現場に大工さんたちへのお中元を持っていった時だったから、2週間ぶりの対面。
これまで決定されている部分の見積り、そして工程の確認を2人でした。
そのまま、新築に関する話題などで語り合った。
担当者さん「緑の柱を使用している建築会社は県内でもほとんどいません。」
緑の柱とは、家を建てる際に使う材木にシロアリの防腐剤を注入させた柱。
今回、担当者さんからモニター価格にしますので、緑の柱で建てさせてくださいとお願いされた。
工務店として初の試みらしい。
私 「そうでしたか。それは嬉しいです。この辺りで初めてなのが私達の家だなんて!」
担当者さん「はい。」
喜びテンションあがる私に笑顔の担当者さん。
夕方もさらに日が落ち、緑の柱について2人でパソコンを見つめながら話す。
パソコンの明かりだけの室内。
アパートの開けっ放しのカーテンはそのまま。
今立ち上がったら話は終わってしまうような気がして、落ちていく日も時間も私達はそのままにしている感じがする。
あえて知らないふりのような。
担当者さん「今回、K様邸の緑の柱を是非多くのお客様に知って頂きたいので、見学を考えてます。」
私 「業者関係者だけではないんですね?大丈夫ですか?そんな事して。」
担当者さん「?大丈夫とは何でですか?私としてはお客様に興味をもってもらいお客様を獲得していきたい目的があります。」
私 「だからですよ。ここで建てたいお客さんがどっと来てしまいますよ?殺到して大変なことになるんじゃないですか。」
担当者さんは高らかな声とともに笑う。
担当者さん「大丈夫ですって!」
担当者さんの工務店は担当者さん1人で、あとは社長がいる。社長も現場に出たりお客様対応しているが、会社を運営しているのは担当者さんという感じがしていた。
私 「担当者さんぐらいこなせる右腕が必要じゃないんですか?よく一人でやってますよね。」
担当者さん「いえいえ、まだ余力あるというか…いえ、何とかまだ私1人で出来てるので大丈夫なんですよ。何とかなってますので。」
私 「でも、緑の柱の見学をキッカケにさすがに大変な事になりますって。この工務店の良さが伝わって建てたいとなる。」
担当者さん「そうなったら、そん時考えますよ。」
あっけらかんとした言葉に2人は大爆笑する。
思い出す。
担当者さんらしい言葉だなと思えた。今まで何度、私達の家造りに思いもよらない事態がやってきただろう。
- 売地の売却不可の連絡が続いた事。
- 農地法により私達には土地が買えない事実。
- 銀行の融資を受けるには厳しい条件があったこと。
- 固定資産税を減らす軽減措置もあること。
- 司法書士さんに頼まず申請すると切り出され反発したこと。
- 坪単価を上げてほしいとお願いされたこと。
- 銀行の融資で社長の意見と対立したこと。
- 担当者さんの家庭の事情を持ち出されて何度も揉めた事。
- 社長の入院により売買契約が延期になりかけた事。
- 工事の中止を申し出し、担当者さんと話し合ったこと。
- 銀行に建築がはじまってから融資のし直しを言われたこと。
何度もやってくる事件の度に、どれだけ担当者さんの謝罪を聞いてきただろうか。
いくつ、担当者さんの漏れを修正するため動いただろうか。
はじめは怒りと不安でも、許してしまえばこの思いが心にやってくる。
(全く、しょうがないですね。)
担当者さんとの家造りが楽しいから、終わらせたくないから、大変でも構わない。
自分の力を使っても解決さえ出来ればいい。
その想いでやってきた。
どのみち私は全てを工務店任せにした家造りをするタイプじゃない。
(滅多に経験できない貴重な時間を過ごさせてもらいました。)
ここまで二人三脚で作れる工務店はもしかしたらあまりないかもしれない。
私は運が良かったんだと今は思う。
私 「私とこうして話をして、貴重な時間をさいてもらってませんか?大丈夫ですか?」
パソコン画面の明かりしかなく、互いの顔ぐらいしか認識できないぐらい時間が経つ。
担当者さん「大丈夫です。〇〇さん(私の名前)はこうして元気にさせてくれる。」
その言葉にふふっと私も笑ってしまう。
とても嬉しかった。
いつも私の心に閉まっていた目的。
担当者さんを喜ばせてあげたい。あなたを褒めてあげたい。素晴らしいと言ってあげたい。
それが私の目的だったから、そう言ってもらえて嬉しい。
(ようやくその言葉を言ってくれましたね、担当者さん。)
私 「はい。私でよかったらいつでも元気にします。」
知らなかった。誰かを幸せにすることはこんなにも嬉しいことなのだと。
日は落ちる。
辺りは真っ暗で、19時30分を過ぎても私達はカーテンも閉めず明かりもつけずに話をする。
帰ろうとしない担当者さんが、ここにいる。
(これこそが、あなたの心。)
具現化した本心なのだと感じる。
玄関を2人で出て、担当者さんは荷物を車に置いてそしてまた私に向き合った。
担当者さんはアパートでは出さなかったご自身の事について話しをはじめた。
15分後。
担当者さん「すっかり遅くまですみません。夕食のご用意大丈夫ですか?」
私 「全然大丈夫じゃないです。どうしようって感じですよ。」
大丈夫じゃないって言ってるのに、何故か2人は笑って話している。
担当者さん「今日の夕食は何ですか?」
私 「豚の角煮です。途中まで仕込んでます。」
担当者さん「そうですか。今度、食べさせてくださいね。」
そう言って、担当者さんはニコニコの笑顔のまま帰っていった。
私はアパートのキッチンで、充足感をひっそりと心に持ちながら、豚の角煮を煮る。
担当者さんと過ごした時間の多さが嬉しかった余韻にひたりながら。